取材レポート

菅生学園初等学校 

教員も子どももみんなが安心して過ごせるWell-beingな学校を目指して

トウキョウサンショウウオやギバチが生息する鯉川周辺のフィールドワークをはじめ、お米づくりや野菜の栽培など、学校周辺の自然環境を生かした教育活動が魅力の「菅生学園初等学校」。豊かな自然環境の中で友人と「歩き 考え 学ぶ」ことの繰り返しが「学ぶ楽しさ」や「豊かな人間性」を育むことにつながっているそうです。

今回は2023年9月1日に着任された布村浩二校長先生を訪ね、菅生学園が大切にしている教育について、また校長先生の教育に対する思いについても語っていただきました。

菅生学園初等学校 校長 布村浩二先生のお話
学校周辺の豊かな自然環境こそ菅生学園の魅力
豊かな自然環境にどっぷり浸ってはじめて育まれる潤った情緒
子どもたちにとって精神的な安定をもたらす食事の大切さ
初等学校ではより多くのシチュエーションをつくることが大事
言葉かけひとつで子どもの行動は変わる。指示命令ではなく疑問形と提示
教員と子どもの信頼関係にもとづくWell-beingな学校生活
Well-beingな学校生活の中で身につくしなやかさ
Well-beingな学校生活があってこそ伸びる子どもの学力
シチュエーションが多いほど自己肯定感を育むきっかけも増える
その子にあったシチュエーションを見極める学校選びが大事
教員ファーストを掲げ、みんなにとってWell-beingな学校をつくる
校長 布村浩二先生

校長 布村浩二先生

菅生学園初等学校 校長 布村浩二先生のお話

学校周辺の豊かな自然環境こそ菅生学園の魅力

布村先生:

まず学校案内のパンフレットをご覧ください。以前は勉強している子どもの写真を表紙にしていましたが、今年度は子どもたちが川で活動している写真にしました。本校の特徴と言えばやはり学校周辺の豊かな自然環境で、それがよくあらわれているのがこの写真でした。学校から歩いて5分ほどのところに鯉川という小さな川があり、授業の中で水生生物の調査・採集をしている様子です。

本校には「ゆたかの時間」という教育活動があり、「山」「川」「土(栽培)」という3つの柱を設けてさまざまな体験学習を行っています。鯉川周辺のフィールドワークのほかにも山に行って昆虫を捕まえたり、校内にある田んぼでお米づくりを体験したり、野菜を栽培したり。系列の東海大学の先生に指導していただいているため授業内容の専門性が高く、また楽しみながら里山の生態系について理解を深めています。

豊かな自然環境にどっぷり浸ってはじめて育まれる潤った情緒

私は都市部にある他の学校の進学アドバイザーも務めていますが、この豊かな自然環境がいかに大事なことかということを伝えたいですね。

例えば都市部にある学校の子どもたちは校外学習などで自然のある場所に行ったとしても、「緑が多い」とか「川が流れてる」、「すごい」、「きれい」といった感想だけで終わってしまうんですね。それがここには身近な場所に里山の自然があって、一年を通していろんな草花や生き物に直接触れることができるんです。さらに体験学習の後は「何を感じたか」「どう思ったか」「自然環境に対して自分には何ができるか」など質問を投げかけるようにしています。自然の中で感じたことと考えさせることをセットにすることで、子どもたちはより多くのことを学びとるようになります。

身近なところにいろんな草花があるのを見て、それぞれどんな特徴で、どんな生育条件、植生なんだろうと子どもたちは興味を持つようになります。水生生物も昆虫も同じように、興味を持つと生き物を愛でる気持ちが生まれ、潤った情緒も育まれるようになります。そうすると「生き物って何を考えているんだろう」とか発展すると「友だちは何を考えているんだろう」と周りにいる人に対しても興味を持つようになります。それは他者との協調性にもつながっていくし、人も生き物も連動しているものだということを捉えられるようになります。

この潤った情緒というのはたまに自然に触れるだけではなかなか育たないもので、豊かな自然環境にどっぷり浸ってみてはじめて育まれるものだと思います。本校には生き物を愛でる気持ちを持った子どもがたくさんいます。これは本校の魅力だと思います。

子どもたちにとって精神的な安定をもたらす食事の大切さ

次にパンフレットの2、3ページ目をご覧ください。そこには6階にある食堂の写真を載せました。子どもにとって食事ってすごく大事で、栄養をとるだけではなくみんなで食事をすることは子どもたちの精神的な安定にもつながります。また食事を通して新たな発見があったり、そこで生まれる会話やコミュニケーションというものもあるんです。

子どもたちが食事をしている様子を見ると、いっぱいいろんな話をしているんですよね。「これ嫌いなんだ」とか「この野菜うちで作ってるよ」とか、教室の中では出ないような会話が広がるんです。ここで注目いただきたいのはシチュエーションが異なるとシチュエーションごとの言葉が出てくる、つまり語彙が豊富になっていくという点です。食事をきっかけに友だちといろんな話をして新しいコミュニケーションが生まれる。そこで培われるものって大きいなと感じます。

初等学校ではより多くのシチュエーションをつくることが大事

初等ではこのシチュエーションをつくることが一番大事なことだと思っています。本校における特別活動やアフタースクールもその一環です。月曜日から金曜日までアフタースクールを行っていますが、サッカーやダンス、水泳といったスポーツをはじめ、レプトンを使った英語教室やプログラミング、日本舞踊や茶道など25種類もの講座を提供しています。

シチュエーションが増えれば語彙も豊富になるし、実際に体験することによって特有の感性も磨かれます。大事なのはどれだけ多くのシチュエーションを与えられるか、またどれだけそのシチュエーションにこだわらせることができるか、この2点だと思います。

茶道で言えばお茶を飲むという体験だけではなく、「茶道にはなんで順番があるんだろう」とか「茶道の“道”ってなんだろう」、「なんでお茶を点てることが日本の文化になったんだろう」と、実際に自分の目で見て体験することによってその奥深さに気がつくようになるんです。そうやってひとつひとつにこだわることによって語彙も豊富になるし、感性も豊かになる、また非認知能力と言われるものも育まれていくと思います。

言葉かけひとつで子どもの行動は変わる。指示命令ではなく疑問形と提示

昨今注目されている非認知能力ですが、学力テストなどでは測れない力のことで、我慢強くやり遂げようとする忍耐力とか、他人と協力できる協調性など社会生活を送るうえで重要な能力のことを指します。一般的には4~5歳くらいで獲得するものと言われていますが、獲得したものを発揮できるようにしっかり育むのが初等の6年間だと考えています。

そこで重要なのが教員の言葉かけやWell-beingな学校生活です。例えば子どもたちの主体性を引き出す場合は、指示命令ではなく疑問形と提示が良いと一般的に言われています。ご家庭でもよくあることかと思いますが、用事があるときに子どもから「遊ぼう」と言われたらどうしますか。「忙しいからダメ」と言って突き放すか、疑問形でいったん子どもに考えさせるか、言葉かけひとつで子どもの行動は変わります。

先日登校時間にお母さんが一緒にいらっしゃって、その場でちょっとお話をする場面がありました。子どもたちは私のことを見つけると「遊びたい」「お話ししたい」って集まって来たんですね。その時に「お母さんと話があるから向こうに行っててね」と言うか、「校長先生と遊びたいんだね。でも校長先生もお母さんとお話ししたいんだ。どうしたら良いと思う?」って子どもたちに聞くんです。そうすると「じゃあ、後でもう一回来るね」って。

こういう場面は学校生活の中にもたくさんあって、授業中に「静かにして」とか「きちんと前見て」って言うだけじゃなくて、「静かにして座ってるのすごいね。あとはみんなが前を向いてくれたら良いのになぁ」って言うと、みんな前を向いてくれるんです。こういう言葉かけひとつで子どもたちの行動は変わるので、先生たちにも言葉を大事にしようと伝えています。

教員と子どもの信頼関係にもとづくWell-beingな学校生活

もうひとつはWell-beingな学校生活です。中等部の学校案内でも教育理念に掲げていますが、Well-beingな学校生活というのは、安心してほっこりしたような気持ちで学校に行ける、また学校に行くのが楽しみだと思えるような学校生活を指しています。さらに学力をつけるために一番大事なこと、それは自分のことをわかってもらっていると思えるような信頼関係があることです。そういう環境の中で落ち着いて授業を受けられれば自然と学力は身につくものです。

子どもたちがのびのびと過ごす学校って、教員と子どもの信頼関係があってはじめて成り立つもので、だからこそ言葉かけってすごく大事なんです。これは学校説明会などでもお話ししていることですが、学校見学に行って比較をされるときは教員を見てくださいと。教員の子どもに対する目線、視線を見てください、それで学校の良さがわかるはずですとお伝えしています。

これも当たり前のことですが、目の前にいる人のことをしっかり見て知ろうとするとそこには人と人とのつながりが生まれます。教員と子どももそうですが、私と先生たちとのあいだでも同じことが言えると思います。本校では人と人とのつながりを大切にして日々学校生活を送っています。実はそういうところが学校教育のすべてだと思います。

Well-beingな学校生活の中で身につくしなやかさ

もうひとつ子どもたちに身につけさせたい力としてレジリエンス、しなやかさについてお話しします。しなやかさってどこから来るのかというと、それは覚悟みたいなものだと思います。

先ほどもお話ししたように、自分のことを分かってもらっている、見てもらっている、話を聞いてもらえるという安心感があると、「頑張って授業を受けよう」という子どもなりの覚悟みたいなものが出てくるんです。これは年齢に関係なく小1でも覚悟があるなと感じることはありますし、Well-beingな環境の中でレジリエンスが身につくと、ちょっと難しい状況になってもどうにか踏ん張ることができるんです。

本人たちに戦っているという意識があるかは別として、子どもたちは子どもたちなりに毎日戦っているんですよね。集団の中で仲間外れにならないように、先生の注意を惹きつけられるように、頑張ってやっていることを分かってもらえるように一生懸命戦っているんです。集団の中でその立ち位置がうまく定まらないと仲間外れにされたり不登校になったりします。学校がその子にとって覚悟できないような環境であれば、やはりそんな場所には行きたくないですよね。もしみんなにとってWell-beingと思えるような学校になれば、不登校もいじめも起こらないと思います。

Well-beingな学校生活があってこそ伸びる子どもの学力

学校というのは子どもたちに学びの場、シチュエーションを多く与えてあげるとともに、生きる場所、居場所みたいなものを確保してあげることだと思っています。安心して過ごせるWell-beingな学校生活があってこそはじめて学力について語れるのかなと思います。

子どもに学力だけを身につけさせようとするのはとても難しいことで、「この先生は自分のことを分かってくれている」、「ちゃんと自分の話を聞いてくれる」ということが本人に伝わっていれば、その子はきっとその先生の授業を一生懸命聞くと思います。先生の話をしっかり聞いていれば学力もつきますし、だからこそ教員と子どもの信頼関係って大事なんです。

特に小1の担任は親以外ではじめて深く関わる大人なので、その存在って大事ですよね。本校の先生たちは「こういう言葉かけで良いのかな」、「ここはあえてダメって言った方が良いかな」、「もうちょっと待ってみようかな」など、日々真剣な思いで子どもたちに接してくれています。本校の良いところは1学年1クラス、全学年でも150人くらいの学校規模なので、先生たちは子ども一人ひとりのことを知っていますし、きめ細やかな指導が出来ていると思います。

シチュエーションが多いほど自己肯定感を育むきっかけも増える

次に英検を例にして自己肯定感についてお話しさせていただきます。本校では小6のほぼ全員が英検3級以上を取得して進学します。約半数は英検準2級まで取得しますが、ここで注目いただきたいのはその結果ではなくなぜそうなったかという背景についてお伝えいたします。

おそらく「英語を勉強しなさい」という指導をしても準2級まではなかなか取得できないかなと思います。むしろ子ども自身が「頑張って取りたい」とか「褒めてもらえる」、「すごいねって言ってもらえる」という気持ちがあって、その結果として頑張れる子が育ったというわけなんです。もちろんこれは英検だけに限った話ではなく、「結果が出ると嬉しい」「褒めてもらえる」「自分にプラスになる」ということを英検を通して学んでいるんですね。学校としてはそういう子どもが育つようなシチュエーションを多くつくっているということなんです。

もう少し詳しくお話すると、自己肯定感を育てようと思ったら褒めるだけではなく実体験を伴わせることが大事です。「頑張ったね」だけじゃなくて、英検準2級という結果が出てはじめて「自分はここまでできるんだ」、「私ってすごいかも」と思えるようになるんです。

自己肯定感をどうやって高めてあげるかは人それぞれなんですけど、繰り返しになりますが大事なのはシチュエーションを多くしてあげることなんです。つまりシチュエーションが多くあれば自己肯定感を育むそのきっかけも増えるというわけです。

例えば、身体能力が高くてサッカーが上手い子は、アフタースクールでもサッカーをすることによってぐんぐん上達して活躍するようになります。他にも英語が上手に話せる子がいたり、日本舞踊を綺麗に踊れる子がいたり。自己肯定感を育むきっかけになるようなシチュエーションを多くつくることが大事です。

その子にあったシチュエーションがあるのかを見極める学校選びが大事

また子どもの主体性を育むこともベースとしては一緒です。そもそも子どもに主体性を身につけさせようと思っても簡単にできるものではありません。そこに必要なのは自己肯定感なんです。自己肯定感も主体性を育むことも、そのシチュエーションをより多く与えてあげること、またきっかけとなる可能性を広げてあげることが大事です。

さらに本人にそれを自覚させて、タイミングよく褒めてあげること。子どもが100人いたら100通りの褒め言葉があるので、そこにはいろんな人の協力が必要です。自己肯定感と主体性が育つと、勉強するし学力も身につくようになります。だからこそ学校選びが大事なんですね。その子にあったシチュエーションがあるのかどうか、そこが大事です。

教員ファーストを掲げ、みんなにとってWell-beingな学校をつくる

校長になって私がいま感じるのは、先生たちも子どもたちものびしろだらけだということです。先生たちは本当に誠実で、その誠実さこそが子どもたちへの寄り添いになっていると思います。

これまではアドバイザーとして学校運営のお手伝いをしてきましたが、2023年9月からは校長として先生たちの良いところを伸ばしながらより良い学校をつくりたいと思っています。着任した時の挨拶で「これからは教員ファーストで行きます」と伝えました。「学校なんだから生徒ファーストなんじゃないですか?」と指摘してくださった方もいますが、あくまで私が取り組むのは教員ファーストです。

なぜかというと、疲弊している先生が良いクラスを運営できますか。「忙しい、忙しい」と言っている先生の姿を見て子どもたちは「僕らも頑張ろう」って気持ちになりますかと。先生たちが生き生きとしていたら子どもたちも生き生きします。教員ファーストにして先生たちが元気になったら子どもたちも元気になるんです。だから教員ファーストなんです。

教員にとってWell-beingな環境になったら、きっと子どもたちにとってもWell-beingな学校になるからと。先生たちがニコニコしている学校って良いですよね。それが教育現場で一番大事なことかなと思います。

編集後記

進学校として知られる東大寺学園での教員経験をはじめ、私学の進学アドバイザーや個別指導塾の経営など、多角的な視点から子どもたちを捉えるお話の内容が印象的でした。等身大の子どもを知っているからこそ出てくる具体的なエピソードも共感できる部分が多く、子どもの気持ちに寄り添ってくださる布村先生の優しいお人柄を感じる取材でした。

取材協力

菅生学園初等学校 

〒197-0801 東京都あきる野市菅生1468   地図

TEL: 042-559-9101

FAX:042-559-9120

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